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2010年 12月 05日
Festival/Tokyo で、スペインの劇作家ロジェベルナットの「public domain」に参加しました。こちらも飴屋さんのものと同じような参加型の演劇。受付にてお金を払うと無線のヘッドホンを渡されます。舞台は、去年のFESTIVAL/TOKYOの個室都市東京の舞台でもあった池袋西口公園。
![]() 約150人の参加者がこの公園でヘッドホンを付け、演劇が始まります。ヘッドホンからは「あなたは新しい靴を買い替えたいと思いますか?YESの人は右へ10歩、歩いて下さい。」「この会場であなたが一番お洒落だと思う人を指差して下さい」「先ほどの質問で、お世辞で指を指した方は、目を手で覆って下さい」「セックスは過大評価されていると思いますか?YESの人は口に手を当てて下さい。」「モーツアルトのこの曲を知っていますか?曲に合わせて踊って下さい。」「東京生まれの方は、左側に進んでスタッフからオレンジのジャンパーを受け取って着て下さい。」「子供がいない生活の方がいいと思う方は真ん中に出て下さい」「あなたは演劇を見に劇場に足を運びますか?YESの方は拳を上に上げて下さい」といった内容で、参加者が各々に動きます。ものに依って動くのに躊躇してしまうような質問もありましたが30分以上続いて、その状態にもちょっと飽きが来た頃に次の動きがありました。 <ネタバレになります。> それまでの質問で、東京で生まれた人、地方で生まれた人、海外で生まれた人の三分類に分けられ、各々オレンジのシャツ、ブルーのジャンパー、黄色のベストを与えられて着ていました。怖い音楽と共に「オレンジのジャンパーの方は囚人です。ブルーのジャンパーの方は警察です。黄色のベストの方は赤十字です。」と言い放たれます。そこから「警察の方は囚人に向かって銃を突きつけるポーズをして下さい。」「警察の方は女性の囚人に近づいて体に触れて下さい。」なとどいった、警察と囚人という違いを強く意識させられるような行動を最後まですることになります。 最初の質問ではどちらかというと自分の考え方や気分で分類されていましたが、生まれた土地という自分では選べない内容で警察と囚人という気持ちがいいものではない分類をされてから、急に心がザワザワしました。ふと考えると、日本でこそあまりないシチュエーションですが、作家の生まれたスペインや隣の国の韓国や朝鮮はちょっと土地や時代が違うと、国が違ってしまいます。ちょっとした環境の違いによって、個人の考えや感じ方などが全く無視されるような状況が起こり得るのだ、と考えさせられるものになりました。 また、参加する前に外から、全くの部外者として参加者の動きを見てみたかったです。演劇を演じているように見えたのだと思います。 2010年 12月 05日
11月に池袋界隈で行われていた演劇の祭典のFESTIVAL/TOKYOの作品を3つ体験してきました。昨年体験したPortBの個室都市があまりにも衝撃的な体験だったのですが、今回のFESTIVAL/TOKYO10のコンセプトは「演劇を脱ぐ」ことによって、演劇をひらく試み、というだけあって、演劇ですが観るというより体験するという言葉が相応しい、作品たちでした。
まず見に行ったのが、飴屋法水の「わたしのすがた」@にしすがも創造舎。HPでの事前の詳しい内容の告知はほぼ無く、開始日に予約方法がHPで急にアナウンスされ、初日は事前予約がいらずすぐ入れるとのことだったので、丁度時間があったので行ってみました。しかし、この日がたまたま台風の日でした。後ほど”台風の日”かつ”夜”に訪れたことが、この作品が自分に及ぼした影響が他の体験者とは大きく違ってしまったのではないかと思います。。。 ![]() まず受付にて代金を払うと、地図とペンライトを渡されました。この地図を手がかりにある場所を訪ねると次の地図を貰えるとのこと。にしすがも創造舎は廃校を利用した建物で、1個目の場所を訪ねる時に校庭を歩くのですが、急に田舎でしか見たことがないような、でっかいカエルが目の前を通過して腰が抜けそうになりました。 ![]() ここまで演出しているのか、(飴屋さんならなんとなくやりかねないし、、、)と思い、急に何かが飛び出てくるのではないかと、その後の道もそわそわしながら歩くことになりました。 ![]() 夜の知らない道。行き着いた先は、平屋の廃屋でした。今思い出しただけでも、ちょっと背筋が。。 ![]() ペンライトで照らしながら、中を鑑賞しました。ところどころに張り紙があって、意味深の言葉が書いてありました。雨音が鳴り響く中、あまりに恐ろしくて奥のほうまでは結局行けず。。。次の場所の地図を貰い移動しました。その次の場所(更に大きな廃屋)も更に恐ろしく、10分程離れた場所にあった最後の場所(そして更に大きな廃屋)もあまりに恐ろしく、誰か次の鑑賞者が来る迄待ち構えて、その後をちょっと距離を置いて着いていきました。。。(不審者状態。。) 今思うと、所々で仕組まれた電子音のようなものがあったようですが(共作者にsachikoMの名前がありました。)、雨風の音がすごかったためか気づかず、さらに恐怖心のため作品の意味を考える前に逃げ去るように作品の場所を立ち去ってしまいました。ううむ、演劇というよりは街を使った一大恐怖スポットになってしまったような。。。晴れた昼間であれば、もっと違う伝わり方をしたのかもしれません。。。 2010年 11月 15日
くふやの店主さんとCARTAの店主さんにお勧めされたホームスパンの工房「みちのくあかね会」に足を運んでみました。
![]() ![]() 羊毛を染めた後、糸紬をし、その後織る為に長さを測る機械。この一巻きで3m程。 長さを測った糸は縦糸横糸で織り機で織っていきます。 ![]() ホームスパンは家で織るという意味で、明治時代に英国人宣教師によって伝えられました。現在、産業として行われているのは、世界でもここ岩手のみだそうです。このみちのくあかね会は戦後、旦那様を無くした方や仕事がなかった女性の為に立ち上げられ、現在でも女性だけが働いています。 ![]() ![]() そして、遂に「鈴木盛久工房」へ!昨日見せて頂いた工房と作りや行程はほぼ同じだったのですが、職人さんが実際いたということで、工房の中は張りつめた雰囲気がありました。中学卒業してからこの道40年以上続けている棟梁の仕事姿は迫力がありました。 ![]() 型の修正を行っていたそうです。 ![]() 3日目は実際、手仕事の現場を見ることができました。今はものを作る場所は、”工場”として住む場所や売る場所とは、全く別のところにあることが大半だと思います。盛岡はものを作るところと売るところと住むところが同じ街に一緒になっていて、特に鋳物なんて危険な火を使う物作りの現場です。このような物作りが街の中に残っているからこそ、「てくり」を生み出す土壌になったような盛岡の街の上品で文化的なよい雰囲気ができあがっているのではないかと、納得できた旅でした。 2010年 11月 15日
バタンキューで寝たけれどぴったり8時に起き、二日酔いなしで支度終了。日曜日が定休日だった釜正に早速電話を入れてみました。「今日は火を使っているので、危ないので見学は無理です。」と断られ、他の工房では年に2〜3回の火入れしかしないと聞いていたのですごいタイミングだったのか、お決まりの文句なのかは判りませんが。しかしやっぱり諦めきれないので、取り敢えずお店に向かってみたものの、手応えなしでした。
次に、近くの南部紫紺染めのお店「盛岡 紫紺堂」に向かいました。工房の見学はできませんでしたが、大変面白い話を沢山お店の方に聞けました。 ①絞りは全て内職で、盛岡に住んでいる主婦の方たちに出している。1~3カ月中には1年以上もかけて絞るものもある。内職を出来る人が現在は50人位に減って来ている。家で内職をしているお母さんを見て、娘さんが成人式にお母さんの絞った生地で着物を仕立てた方もいた。 ②南部藩政時代には藩の保護下で生産されていたが、明治の時代になり、伝統技法を伝える人が完全に途絶えてしまった。そこで県が、昔やっていた人を探して色々研究した結果再興させた。その過程が、宮沢賢治が寓話として書いている。その話は教科書にも載るようになった。 →「紫紺染めについて(青空文庫)」 ③一代目の方のデザインは小さめの柄の繰り返し模様が多く、二代目のデザインは大柄で大胆なものが多い。二台目デザインの橘の花の反物を店先に飾ってあったが、大変高価なもので、最近ではこの柄を絞れる人が一人くらいしかいないので、増々高価になっている。 →このページに橘のデザインの写真がありました。 そしてお昼は中津川沿いにあった素敵なお店「くふや」さんにて。 ![]() たまたま入ったお店だったのですが、大変美味しくて雰囲気もよかったです。そして素敵な店主さんとお話しして、またまた盛岡のお勧めスポットを紹介頂きました。 ![]() ござ九と同じように明治初期の姿のまま営業を続ける雑貨店の「平野商店」。この辺りは海から塩を運んで来ていた牛の休憩地点だったらしく、商店には藁でできた牛の口につける器具も未だに普通に他のたわしなどの日用品と同じように売られていました。 2010年 11月 14日
前日に焼き肉と盛岡冷麺を食べながら、2日目の予定を立てました。何件か南部鉄器の工房を回り写真を取らせて頂いて、うまくいけば昼頃にレンタカーでそのまま弘前の方に移動するというものでした。
一件目は昨日行った釜正。なんと日曜日定休でした。。。次に、「鈴木盛久工房」へ。シンプルモダンデザインの鋳物が多かった釜正に比べて、伝統的な装飾も残した商品が多く見られました。店主さんが大変気さくな方で色々話して頂けました。鈴木盛久工房は1625年に創業の老舗で、現在の建物は明治時代の大火事で焼けて立て直してからずっと変わっていないこと。現在の15代目はなんと女性だとのこと。(店主さんは旦那様でした)店の奥の工房では今も変わらず鋳物を作り続けていること。等々。ただ、工房は日曜日はお休みでした。「親方に明日聞いてみるから、明日電話してみて。お昼の時間以外は大丈夫だよ。」と頼もしい言葉を頂きました。また、鉄を溶かして流し込む作業は年に3〜4回程しか行わないとのことで、これは大変意外でした。いつかはこの鉄瓶を買いたい、と思いながら数点小さなものを買い外へ。目の前にあった「鈴木主善堂」へ。ここでも仕上げが変わった色合いの鉄瓶があったので、店主さんに作り方の質問をしていると「奥の工房見てみる?」と言って頂きました。棚からぼたもち!日曜なので職人さんの姿は無かったのですが、作り方を詳しく説明頂きながら工房に入れました。 まず鉄を流し込むための型を粘土で作ります。写真の左側に積み上がっているものがその外枠です。その外枠は何度か型を綺麗に掃除して、使い回しをするそうです。 ![]() 次に中の型を粘土で作ります。写真の机の左手に並んでいるものです。こちらは鉄を流し込み冷まして型から抜く時に、全て壊す必要があるそうです。 ![]() この型は注ぎ口や蓋などのもの。最近ではほとんど工房で作っているものは鉄瓶か茶釜位で、小さなオーナメントや卓上で使うようなものは外注しているそうです。こちらの工房でも、鉄を溶かして流し込む作業は年に3〜4回程しか行わないとのことで、熱心なファンの方は毎年見学に来ているそうです。 ![]() こちらは型から出した直後で、まだ銀色をしていました。ここからバリを取ったり、錆び止めのために漆を塗って焼いたりと、商品になって店頭に並ぶ迄にまだまだ行程があります。 ![]() 職人さんの机は、型をきれいにつくるための道具が沢山ありました。人によって自分に合うものを長年かけて調整していくそうです。 ![]() 鉄瓶は形やサイズはほぼ一緒でも値段に幅があって、なぜだろうと思っていましたが、型が一回鉄を流し込んで使えなくなるもの、何度も使えるものなどで、型を制作する手間の具合で値段が違って来ているそうです。例えば、”姥口”と呼ばれる本体と蓋の高さの違いが無いデザインのものは、型が1回しか使えないので、高価になるそうです。こういう製造行程や構造の話を聞いて初めて、そのものの価値が分かりました。モノの価値は見ただけやちょっとした知識くらいでは計り知れない程、奥深い、のです。 ![]() ![]() 盛岡城跡公園の紅葉。真っ赤な葉っぱの方は、見たことがないくらい葉っぱが大きくて、おおもみじという種類。 2010年 11月 13日
そしてこの旅の大きな目的のひとつの「光原社」に辿り着いたのが日が傾きかけた頃。盛岡の街の主要な場所の端から端まで歩いたことになります。
![]() 光原社は宮沢賢治の注文の多い料理店を出版した会社跡地で、現在では盛岡では有名なお店になっています。のんちゃんがここに行けば、なにか職人さんの情報を知ることができるかもしれない、と旅の計画の最初に話していたところです。また色んな方に行く前にもオススメされました。2010年6月発刊最新のてくり11号は一冊丸ごと光原社特集でした。 ![]() 間口は狭めですが、奥に入っていくと中庭がありました。見たことも無いような真っ黄色なもみじがありました。お店は南部鉄器や木工品や漆器や籠や小鹿田焼きなどの”らしい”もの以外に、エスニックなアイテムが沢山あったのがどれも格別でした。イランのギャッベや色の綺麗なガラス製品、アフリカの泥染の麻布、インドの銀アクセサリー、メキシコの器、南米のニット製品などなど。どれも各国の雰囲気が伝わってくる確かな手仕事製品ばかり。また、意外にfogリネンや若手のモダンな器作家ものなどもありました。店主さんにお話をちょっと伺ったところ、南部鉄器で見に行ける工房が数件あること、それ以外でも浄法寺塗りなどもオススメされました。 ![]() 光原社の中には、お店以外に珈琲店もありました。そして大変良かったのが、資料館です。こちらは奥の右手にあるのですが、店主さんに声をかけると無料で入れます。様々な東北の民芸品に加えて、益子の濱田庄司館で見たことがある家の形をした大きな陶器や、芹沢銈介や棟方志功の作品も見ることができます。 ![]() 2010年 11月 13日
きっかけはなんだったか忘れてしまったけれど、日本の職人さんの写真を取るのんちゃんと東北旅行へ行こうと盛り上がって、行ってきました。東北二泊三日の旅。
東北と言えば盛岡のミニコミ誌「てくり」。盛岡にあるお店や地元の人にスポットを当てて丁寧に作られた冊子で、これを見るとその空気感に触れたくなります。最近てくりの別冊で「tenote」という手仕事の特集があり、その冊子や民芸図録等を見ながら、盛岡の「南部鉄器」「ホームスパン」弘前の「こぎん」を訪ねながら、青森美術館へ行こうとざっくりした計画をたてました。また、東北のお勧め情報をtwitterで募集したところ色々なスポットが集まりました。実際訪ねてみると、オススメしてくれた人の趣味がよく分かるセレクトで、思い出しながら可笑しくなりました。 まずは盛岡へ。新宿から夜行バスで6時間であっという間につきます。 お勧めされた神子田の朝市へバスを使って移動。 ![]() 朝の5時から8時半頃迄毎日やっているそうです。 ![]() 大きな白菜や袋にたっぷり入ったにんにくが沢山売られていたり、 しわくちゃなおばあちゃんが元気に働いていて、韓国釜山の市場を思い出しました。 紫蘇巻きの人参のお漬け物と、おでんと味噌おみぎりとししゃもを朝ご飯に。 後で地元の色んな方に神子田の市に行ったと話すと、 「ラーメン食べた?」と必ず聞かれました。 どうやら90歳を超えるおばあちゃんがやっている名物ラーメン屋さんが 市場の中にあったようです! 日が随分昇って来たので、街の中心に向けて歩いていきました。 ![]() 盛岡は古い町並みが残っていて、間口の狭くて奥行きの長い長屋や、 物見櫓のある消防団、大きな蔵のある立派なお宅や、協同湧き水場などが 色んなところで見かけることが出来て、飽きません。しかも丁度紅葉シーズン! ![]() 盛岡八幡宮では、七五三で袴や着物で着飾った子供たちが沢山。 社務所のおばちゃん曰く、盛岡八幡宮は日本一お守りの種類が豊富な神社らしいです。 確かに、色んなタイプのお守りがありました。おみくじも十種類位ありました。 ![]() 子供を和ませるためか兎さんの姿も。神社の中で初めて見ました(笑) ![]() もうひとつ初めて見たものが、この瓢箪。ここに息を吹き込んで、 名前と年齢を書いて無病息災を願うそうです。 続く 2010年 08月 02日
瀬戸内芸術祭 2日目
time schedule 07:20 徳島実家 車で移動 08:50 高松港 駐車場は高松港のそばに有ります。 瀬戸内芸術祭のパスポートをもっていると1枚につき1回無料になります 09:07 高松港 直島経由豊島行き高速船 09:57 家浦港 近辺散策(横尾忠則は遠くて行けず) 10:35 家浦港 無料巡回バス 西回り 10:47 甲生集会所前 近辺散策(塩田千春、その他) 11:56 甲生集会所前 無料巡回バス 東周り 12:40 唐堰港 近辺散策(ボルタンスキー、エリアソン) 13:30 唐堰港 無料巡回バス 西回り 13:36 清水前 近辺散策(島キッチン、ストームルーム、その他) 14:56 清水前 無料巡回バス 西回り 15:07 家浦港 15:20 家浦港 直島経由高松行き高速船 16:10 高松港 17:15 高松クレメントホテルロビー 空港行きバス 18:00 高松空港 19:10 高松空港 東京行きJAL最終便 menpeiのもめちゃんと、母親と一緒にまわりました。兎に角日差しが暑いので、日焼け対策をしっかりすべし。サンダルを履いていったら足の甲が真っ黒になっていました。。。 ![]() 港の近くに数点作品があります。このすごい家はカフェにもなっていました。おそうめん等を出すようです。ここで食べるのは落ち着かなそうです。この近くにあった木下 晋の作品のお家はとても素敵でした。横尾忠則は時間がなくてスキップ。無料の巡回バスに乗ります。バスは本数が少ないので、家浦港のバス停の傍にあるインフォメーションセンターにて時刻表を貰うと効率的にまわれます。(バスをちょっとの差で逃して後で後悔したのです。。)豊島は島の真ん中に高い山があって、歩いていくのにはちょっと厳しいです。あと運転手さんにおろして欲しい場所を伝えると、バス停以外でも止まってくれます。あと道端で手を振っていたら、拾ってくれます。 ![]() ![]() 塩田千春の作品は廃校にあります。多分体育館だったところ。 この人の作品は第一回横浜トリエンナーレで初めて見て(つり下げられた巨大な洋服にどぶ水のようなものを掛け続けている作品)、スケールの大きさにずっと男の人の作品だと思っていました。去年富山の発電所美術館で個展があったのを見に行きたかったのですが、行けずだったので、東京でも規模の大きめの個展をやってくれることを求む。 母親が台風が来たらどうするんやろ、としきりに心配していました。これは芸術祭が終わったら解体される可能性が高いかも。 ![]() そしてバスで移動してボルタンスキーへ。永久展示を見越してか他の作品とはアナウンスボードが違います。 ![]() 最寄りのバス停から15分程歩いて、急に森になって、 ![]() 海!そして新築の建物!現在建設中の豊島美術館(バスから見えます。噂通りかなり変わった建築でした。白いクラゲのよう。)以外は全て空家を使用したものだったのですが、ここだけ新築です。 ![]() 妻有のボルタンスキーは大きめの廃校を全部使った規模の大きいインスタレーションでしたが、ここのは小さめ。あの不安感がぐうっとくる雰囲気は一緒です。世界各国の人の心臓音のアーカイブがありました。録音もしてもらえます。 ![]() ![]() 島キッチンでランチ!メニューはお魚の定食とカレーのみでしたが、豊島で取れた野菜や魚、とのこと。豊島は農業が盛んで、今も棚田を作っています。 ![]() 森まりこと横尾忠則は見れなかったので、豊島美術館ができたら内藤礼を見にまた来る予定! バスから見えた島の海と緑が素晴しく、何度も見ほれました。 2010年 07月 29日
瀬戸内芸術祭1日目 犬島
time schedule 15:00 高松港 (高速船特別便) 15:45 犬島港 家プロジェクト、精錬所見学 17:30 維新派開場 18:30 維新派開演 20:30 終演 20:45 犬島港 (高速船特別便) 21:30 高松港 去年行ったばかりの犬島。岡山から結構時間がかかったのでなかなか、行くことができないだろうな、と思っていたところ、維新派の演劇に合わせて高松港から臨時便が出るということで、行ってきました!維新派は内橋和久さんが音楽の監修をしている、ということ以外あまりなにも前知識なしに見に行きました。 ![]() 特別便はフェリーではなく高速船!フェリ−より早い分揺れるので、 船酔いし易い人は、フェリーをオススメします。 ![]() 着いてから開演まで時間があったので、家プロジェクトを見る為に島をウロウロ。 アートより気になったのが、廃屋。 前回行ったときのブログに書いたのですが犬島は約100年前まで銅の精錬所があって、何千人も移住してきたという歴史があるのですが、今は住む人は少なくて、かなり朽ち果てている家が多くて印象的でした。 ![]() ![]() 朽ち果て度が何段階かありました。 まず、屋根が破れる→つぶれる→森になる、ようです。 ![]() 前と同じく、海を眺めるお年寄りの島民。 ![]() 犬もお年寄り。町の方たちはアートでこんなに若者たちが次々と訪れることにどう感じているのかが気になります。通りすがる時に挨拶をすると、挨拶を返してくれますが。 ![]() 島の道に急に現れたスポット。家プロジェクトのマップには載っていなかったのですが、SANAAの椅子が突然空き地にぽつりとひとつおかれ、空き地をよく見るとミラーやちょっとした生活用品がテグスで色んなところに吊られていました。もしかして、内藤礼?と一人で思って椅子で10分位ぼんやり座ってミラーが光を反射するのを見ていました。どなたか、これの詳細知っている方いたら、情報求む! ![]() つられているものが不思議。 ![]() ![]() 島の色んなところから鍛錬所の煙突は見えます。 開演が近いので、鍛錬所に向かいました。以前は予約が必要だった鍛錬所は今は予約なしで入れるそうです。さくっと見ました。そして鍛錬所のそばに、維新派のセット組が!!!すごい迫力です。何も無い時にも来ていて、ただ広い空き地だったところに巨大なセットが組まれていました。 ![]() ![]() 屋台が沢山出ていて、タイムスリップした気分。 ![]() 左端の方の水色のTシャツの方、内橋さんです!隠し撮り(笑) ![]() 長い橋を渡って会場に向かいます。席はほぼ満員。 ![]() ![]() 夕日が沈んだ頃に開演になりました。 維新派は演劇というか、ダンスというか、そういう枠組みとか、今まで自分が持っていた美意識や価値観が一回ぐちゃっと潰された気がしました。凄かった。 ちょっとyoutubeで見れます。 年末に埼玉で同じ演目でやるそうです。メモ。 維新派 <彼>と旅をする20世紀三部作#3 さいたま公演 台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき 会場 彩の国さいたま芸術劇場大ホール 日程 2010年12月2日(木)~5日(日) 全5公演 料金 S席 5,000円 A席 3,000円 http://www.ishinha.com/index.php 2010年 07月 29日
瀬戸内芸術祭、1日目。女木島。
time schedule 08:00 羽田空港 JAL 09:15 高松空港 09:15 高松空港 エアポートバス 10:00 高松港 11:10 高松港 女木島行きフェリー 11:30 女木島 (またの名を鬼が島!高松にほど近い観光地です!) 11:35 鬼の洞窟行きバス(5分程で到着) 12:05 港行きバス(バスの時間が結構タイト!次は12:30発) レアンドロ、福武ハウス、行武治美を駆け足で 13:20 女木島 高松行きフェリー 13:40 高松港 ![]() 平日でも船はデッキまで満員。土日だと、速めに港に向かった方がいいかも。 ![]() 進行方向右側が屋島。左側に女木島が見えてきます。 ![]() 船着き場にも作品が。船着き場のすぐそばで洞窟行きのバスに乗れます。 ![]() 洞窟の中は、すごく涼しい。水がぽたぽた落ちていてひんやりしています。 作品はその雰囲気に合っていました。 ![]() ただ、もともとここは鬼が島として有名な観光地! 鬼のインパクトが強すぎです!!子供が「ぎゃーー!」と恐怖で叫んでました。 ![]() 仲直り!? ![]() 出口の鬼、ゆるいわー。 ![]() 洞窟は山野上に有るので、歩いていくにはちょっと暑いので、バスがお勧めです。 緑の間から見える落ち着いた海の眺めがキレイ。 ![]() 福武ハウスは越後妻有と外観が一緒でした。ただ、妻有では廃校だったのと作品がおどろおどろしいのが多かったので、ちょっと気分が悪くなってしまう場所でしたが、今回の場所は今も使われている学校ぽかったので、そこまで嫌な空気ではなく、爽やかでした。作品も気分がいいものが多かった。 ![]() 鏡の作品で印象的な行武治美は新潟に比べて、作品のインパクトがちょっと弱かった、です。建物の中での展示だったので、鏡に映る像が単調だったのと、鏡の動きが少なかったからかも。もうちょっと長い時間観察できればよかったかなあ。 ![]() 圧倒的によかったのは、金沢21世紀美術館のプールの作品で有名なレアンドロの家!これは、、、必ず行ってみて下さい!!! かなり駆け足で作品をみたのと、レアンドロの家にはカフェが併設されていて、そこでお茶をしたかったので、あと1〜2時間滞在したかった感じです。女木島の家は瀬戸内独特の作りで黒い壁。島の細い道を歩くだけで充分に楽しめます。 次は犬島へ、維新派を見に! < 前のページ次のページ >
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